T93 打出焼 阪口砂山造 南天棒老師好 楽酒器10客 ¥100.000.-
共箱 能画 猩々図 藤つる紐 H16 径9.5万代までの 竹の葉の酒 酌めどもつきず
三段に分かれます。酒器となっていますが、ソバとソバつゆ、信玄弁当のように使うとか、色々楽しみが広がります。何よりも南天棒老師好、というのが嬉しいです。
芦屋打出焼
兵庫県芦屋市打出町に明治39年に琴浦焼の創始者和田九十朗正隆が斉藤幾太に協力し創業。
打出焼は京焼系の窯で 坂田庄蔵(砂山)が作陶後 坂田淳の時に閉窯。
九十朗の次男・正兄(まさえ)は明治43年19歳のころ桐山と号して窯に従事し
琴浦焼(現・尼崎市桜木町)の初代桐山となる。
1933年7月与謝野鉄幹・晶子が、京都・四国・堺などの歌人と共に
打出焼を訪ね一同が歌の批評を行った後、
打出焼の素焼きに与謝野夫妻が歌を記すという企画が催され、
与謝野夫妻の書いたお皿が来会者への贈り物となった。
鉄幹はこの芦屋訪問の1年9ヶ月後に亡くなった。
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中原南天棒
臨済宗の僧。諱は全忠、別号に白崖窟。
十一才で得度、隠山・卓州両派下の二十四人の
老師に師事する。西宮の海清寺・八幡の円福寺に住み
禅風の高揚に努める。常に南天棒を持って人に接
したことから、南天棒と呼ばれた。
大正十四年没。八十七才。
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