掛軸と茶道具の卸店、ひなや福寿堂です。









z46 (天)青山元不動 (動)白雲自去来 黄檗山 村瀬玄妙 ¥150.000.- 共箱 対幅
青山元不動、白雲自去来という 有名な禅語に 玄妙さんが 天動の二文字をかぶせた 雄渾なk掛物です。
大床に ゆったり掛けて、、、 素晴しいでしょうね。書の意気は 玄妙さんの最高傑作といえます。大寄せなら 堂々として 良く決まります。一幅掛けでも OKです。
そうそう、この軸ひっさげて 黄檗山で 煎茶の席を 設けたら気持いいでしょうね。煎茶については 勿論、門外漢なんですが。
確か 芭蕉の俳句に 「唐門を 出れば日本ぞ 茶摘唄」 というのが ありましたかね。
表装はとびきりです。 一幅10万円は 最低かかっているものです。少し折れあります。
一文字 牡丹唐草文本金襴
中廻し 画に磬(けい)文 二丁上遠州
天地 支那パー
軸先 頭切 黒塗
箱 桐 共箱 紙タトウ
補足
表装の中廻しの裂について
図柄は
画という字を 篆書でかいたものを丸で囲み、もう一つは
磬(けい)の絵です。雲版形。
この二つの 模様を交互に色をかえて ならべています。
磬(けい)とは・・・中国の楽器。堅い石の板を吊り下げて打ち鳴らす。普通にはへの字形だが、蝶形、雲版形、蓮華形などもある。
二丁上遠州とは・・・色糸を多く使った事を 二丁といい、
上遠州とは・・・緞子の照りを 抑えた 極上等の裂地で 小堀遠州の 好んだ由来による 名称です。
結論
この裂は 画(美術)と、磬(音楽)、つまり美術と音楽を 織り成した 文字どうり 織り成した 大変、楽しい図柄ということです。
以上、説明が長くなって 申しわけありません。
村瀬玄妙
別号・他:
金剛軒と称す。信州浅間山麓に生まれる。9歳、普賢寺神津玄門和尚について得度。昭和6年、禅門高等学院本科を経て、黄檗山僧堂に入り、山田玉田に参禅、後その印可をうける。昭和46年、黄檗山万福寺塔頭緑樹院住職となり、財団法人青少年文化研修道場を開設、大衆禅堂黄檗居士林として青少年の育成に力を尽くし、機関誌「禅」を主宰する。昭和55年、黄檗宗万福寺第57代管長及び師家に就任。昭和60年、師家を退任、さらに昭和62年、管長職も退任。昭和63年2月示寂。
青山元不動 (せいざんもとふどう)
白雲自去来 (はくうんおのずからきょらい) <五灯会元>
梅雨があけると遠く青山がくっきりと現れ、いよいよ本格的夏がくる。
山の向うには早やもくもくとした入道雲が見えてきた。
泰然として動かざる山と、動いてやまない雲の対比された自然の妙景が浮かぶ。
不動の青山でも雨降ればくすみ、霧にけむる。これも一時の表面的現象にすぎない。
晴れてよし 曇りてもよし 富士の山 元の姿は変らざりけり、
超然とした青山は周囲の雲がどのように去来し、覆おうが青山の本来の面目は何ら変わるものではない。私たちの生活においてもこのようでありたいものだ。
煩悩妄想の雲は必ずかかる。これが人の世の常なのである。
しかし是非得失、愛憎、悲喜、苦楽等分別相対の世界に暮らす現実の社会にあっても、人間本来の面目たる仏から賜る佛性をしっかり見据えていれば、煩悩妄想の雲には惑わされない。
この自然の妙景を味わいながら、心境を高めたいものである。
|
このページに直接入られた方は こちらから TOP へ お帰りください。
お問合せは、
ひなや福寿堂 TEL.FAX 0798−26−2553 へお願いします。
〒662-0042 兵庫県西宮市分銅町7-6
http://.hinaya.biz
E−mail:info@hinaya.biz