33 九代 大樋長左衛門 飴釉千切蓋置 2万円 共箱
上の径4.8cm 底の径5.4cm 高さ5cm
とても 味わい深い造りですので ご紹介します。
千切蓋置 なんていうのは いくらでもあるのですが この蓋置は 手ひねりで 荒い箆目があり とても侘びた雰囲気があります。
特に上部が 均一でなく 凸凹しているのが いいですね。
9代で飴釉 というのも バッチリです。
状態、良好。箱やや黒し。蓋にわずかの アタリあり。
9代 大樋長左衛門 1901(明治34)年〜1986(昭和61)年
9代大樋長左衛門は8代大樋長左衛門の次男として石川県に生まれました。
本名を長次郎、名を長左衛門、号を陶土斎といいます。
1917(大正6)年、石川県立工業学校窯業科を卒業後、父に師事して作陶に精進しました。
1923(大正12)年、金沢市東山公園麓の松林の中に工房「芳土庵」を設けました。
1925(大正14)年、9代大樋長左衛門を襲名しました。
大徳寺488世全提要宗老師より「大樋」印を授かりました。
1930(昭和5)年、宮中、大宮御所の茶室用品の御用命を受けました。
1935(昭和10)年、宮中、大宮御所、秋泉御茶室用御茶碗の御用命を受けました。
1940(昭和15)年、内閣総理大臣・近衛文麿より自筆の「長左衛門」金印を授かりました。
1942(昭和17)年、工芸技術保存作家の指定を受けました。
1958(昭和33)年、日本工芸会正会員となりました。
1977(昭和52)年、裏千家15代鵬雲斎宗室より「陶土斎」の号を授かりました。
手捏ねによる楽焼本来の伝統的手法を忠実に守って歴代の中でも優れた陶才を発揮し、
江戸時代から続く大樋焼の技は円熟した非凡の境地を示しました。
侘びた中にも抑揚の利いた温雅な作風を示し、
大樋焼独特のねっとりとした飴釉の茶碗はもとより黒茶碗にも傑作を残しています。
ちょっと 寄道。
千切 というのは 普通、
臼型のように胴がくびれている形を「千切」(ちぎり)といいます。
お餅を ぎゅーーーーー と伸ばすと こんな形になりますね。
だから お玄著の頃や 師走が ふさわしい のです。
が もう一つ 千切という名の 形があります。
これは 家紋なんです。

千切紋
チギリは、織機に取り付けられた経糸を巻く工具のこと。これに似た形のもので二つの石や木を接続する填め木もやはりチキリと言う。糸巻から転じたことばだ。二つの物を結ぶことは、やがて男女の仲を結んだり、愛を交わしたりする契りに掛けて使われた。工具の千切がその結びつけるという役目から契りということばにピッタリ合ってしまった。さて、この工具のおもしろい形は昔から文様として、平安時代からさかんに用いられた。この文様がのちに家紋に採用された。
(丸に千切)
千切崩し
三つ寄せ千切
四方千切
と いろいろあって
「羽継原合戦記」には、「二木はちきりを打つ」と出ている。打つとは、付けるの意である。足利時代には二木氏が家紋として使っていた。江戸時代になると、清和源氏系の松平、千村、岩波、小城の諸氏。藤原利仁流の川口氏、藤原支流の若林氏、良峯氏流の丹羽氏などが用いた。小笠原氏流の岩波一門にもこの紋の使用家が多い。
だそうです。
ということで まったく関係のない 千切です。