一文字 鳳凰唐草金襴
中廻し 花鳥吉祥文緞子
天地 利休七子
軸先 頭切 骨
箱 サン蓋 桐箱 

 

松村景文 老松図 紙本 ¥180.000.-  薮内 休々斉 箱書
掛軸寸法 幅43.5cm 高さ197cm
本紙寸法 幅29cm 高さ197cm


作品、表装ともに状態、良好です。

一文字 鳳凰唐草金襴
中廻し 花鳥吉祥文緞子
天地 利休七子
軸先 頭切 骨
箱 サン蓋 桐箱 

松村 景文 (1779〜1843)
字は子藻、号は華渓。四条派の祖、松村呉春の末弟で画法を兄に学んで写生的画に長じた。四条派を更に軽快に描写的に変化させたので、呉春の後に四条派は大発展をした。
 

10代 休々斎 竹翠紹智 大正6年(1917)没 78才

[ 藪内流茶道 資料]
藪内家 家元一覧
[歴代] [没年] [概略]
初代
薮中斎 剣仲紹智 〜1627年没
九十二歳 1536年、信長の臣藪九十郎禅正の次男として生まれ、のちに藪内宗把の嗣子となります。
武野紹鴎のもとで茶の湯を学び、利休とは兄弟弟子となります。
1579年に摂津尼ヶ崎から上京(洛北紫竹村)しました。利休没後、一時聚楽に出仕しましたが、晩年は隠居して、茶三昧に入りました。
1595年の還暦に、大徳寺 春屋和尚から堂号を許されます。このころ下長者町新町西入ル鷹司町の西隣に居を移しています。また、利休の媒酌で、古田織部の妹善室を妻にしています。
二代
月心軒 真翁紹智 〜1655年没
七十九歳 寛永11年2月 西本願寺良如上人に茶道師家として迎えられます。その際、本願寺の厚遇を受け、下長者町の茶室などを現在の地(京都市下京区西洞院通り正面下ル西側)に移しています。
三代
雲脚亭 剣翁紹智 〜1674年没
七十二歳 真翁の長男。猶子制ではあるが、世襲制となります。
四代
蕉雪斎 剣溪紹智 〜1712年没
五十九歳 剣翁の長男。
五代
不住斎 竹心紹智 〜1745年没
六十八歳 剣翁の外孫。中興の祖として、「真向翁」、「源流茶話」、「霧の海」、「朱紫」など数々の著書を残しています。
当時の茶道の方向性を危惧し、利休時代の茶のあり方に戻るべきと諭しました。
六代
比老斎 竹隠紹智 〜1800年没
七十四歳 竹心の外孫。謡曲、和歌に造詣が深く、絵画を池大雅に師事し、円山応挙とも親交がり、作陶にも長じ、多くの手作りを残しています。
七代
桂隠斎 竹翁紹智 〜1846年没
七十三歳 大和五条来田家から、本願寺19代門主文如の側近とない、後に藪内家の養子となりました。竹隠には、晩年嫡子 珍牛斎竹尹が生まれましたが、幼齢の為、七代を竹翁が継ぎました。
八代
真々斎 竹猗紹智 〜1869年没
七十八歳 竹翁の子。流儀作法の確立、子文書の整理に努めました。また皇女和宮の茶道指南も務めました。
九代
宝林斎 竹露紹智 〜1874年没  六十四歳 珍牛斎竹尹の子。
十代
休々斎 竹翠紹智 〜1917年没

七十八歳 七代 竹翁の実子の婿。竹露の実子 竹窓が幼齢の為、十代を竹翠が継ぎました。
1880年各家元に呼びかけて、北野神社での献茶を始め、現在なお続いています。
十一代
透月斎 竹窓紹智 〜1942年没
七十八歳 絵画を森寛斎に学び、多くの書画を残しています。
十二代
猗々斎 竹風紹智 〜1979年没
七十二歳 戦中・戦後の混乱期を乗り越え、多くの献茶式、行事を行い、今日の藪内を築きました。
十三代
青々斎 竹中紹智

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